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安くて豊富な品揃えが100円ショップのいいところ。
それと同じシステムのお店がなんと江戸時代にも存在した!?

江戸の町では「十九文屋」と呼ばれる店がとても人気があったそうです。この店では商品のすべてを十九文という均一価格で売っていて、要は今でいうところの100円均一ショップのようなものでした。店とはいっても立派な店構えがあったわけではなく、道端に敷物を敷いていその上に商品を並べて売っていたわけですが、これがびっくりするほどよく売れたのだとか…。

■どんなものを売っていたのか?
もともとは女性用の小間物――主には髷(まげ)にさす木製のクシなどを中心に扱っていたようですが、それらが評判をよんで繁盛するようになると、さらにいろいろな商品を取り扱うようになりました。日用雑貨、オモチャ、裁縫道具をはじめとして、はさみや小刀、剃刀などの刃物から三味線の道具や墨、筆など、とにかくありとあらゆるものを扱うようになったのです。

■十九文だけではなくなった?
十九文屋が繁盛すると、次第に販売価格のバリエーションが広がっていきました。四文、十三文、三十八文などの均一価格で販売する店が現れるようになり、それらは総称として諸色均一商店と呼ばれるようになったのです。このあたりも100円だけでなく200円、300円、980円というようにバリエーションを広げている現代の100均と同じ感覚で驚きます。

ちなみに十九文とか三十八文というきりのよくない数字が並んでいるのは、200円よりも198円の方がぐっとお得感が増す現代人の銭感覚とまるで同じなのだとか。いつの世も人間の感覚にそう大きな違いはないのかもしれません。

■昔も今も人情は変わらない?
均一価格でいろいろな商品がズラリと並んでいるのを見ると、つい買いたくなってしまうのは昔も今も変わらない人情なのでしょうか。諸色均一商店で販売されていた商品の中には、その値段に満たない価値のものもあったようですが、それでもよく売れたのだそうです。江戸に上京した地方からのおのぼりさん達が江戸のみやげを手に入れようと行列を作っていたそうですが、それがさらに人々の購買意欲を煽ったのでしょう。

はじめはおしゃれ用の小間物や日用品を売っていた諸色均一商店ですが、江戸時代も中期以降には惣菜も扱うようになりました。こんなところまで現代の100均と同じだなんて、知れば知るほど江戸時代の人々に親近感がわいてきます。

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